私達の行く先は天ではなかった。
第参話 本村愛華の場合⑥
九月二十一日今日はあいにくの雨模様で、高い湿度が更に高く髪が地肌に貼りつくようなジリジリとした日でした。
夜が明けて日が昇る時間になっても、私はあの妖精と女性の事で頭がいっぱいでした。
いつもならこだわる文字Tシャツも、今日は適当に見繕って着てきたくらいです。
(湿度のせいもあれど)寝癖だって直しきれていません。
あれは幻だったなどと受け入れて過ごすことができないのです。
昼休みになると、私は皆が雨で外に出ないのを良いことに他のクラスを覗いてみました。
しかし、どこのクラスを覗いてもあの女性は見当たりません。
同じ学校の子ではないのでしょうか。
今日の私もまた悶々とした気持ちを抱えながら授業を受けていたように思います。
英語の小テストで能力を使った半カンニングをして満点を取っても、なんだかぼんやりした気持ちです。
放課後になり、昨日委員会の仕事を休んだ子に委員会の仕事を押し付けて帰ることにしました。
また彼女たちを見られるだろうか……とそんな期待を胸に、私は今日も河川敷を通って帰ることにしたのです。
結果で言えば、そこには誰もいませんでした。
落胆した私は昨日女性が腰掛けていたベンチに座ってため息ついでに伸びをします。
あーあ、私は何を期待しているんだろうなぁ……。なーんてぼやきながら。
その時でした。まくしたてるようなあの声が聞こえたのです。
「あいかちゃんあいかちゃん! こんなトコにいたんだね!
れいねちゃんと同じとこにいるなんて、運命? 前世で良いことしたのかしら?」
「レン……さん?」
あの図々しい呼び方にひどく安堵と感動を覚える私がいました。
会いたかった恋人に逢えたような…そんな気持ちです。
もっとも、恋人がいたことはありませんがそんなことはいいんですよ。
「覚えててくれたんだ! あ、レンちゃんでいいよ!」
はあ。感動もほどほどに、相手の勢いに気圧されながらも私は相槌をなげかけます。
「わたしね、あなたにれいねちゃんを助けて欲しいの!」
「え、え?」
れいねちゃん……? 誰なのでしょうか、それは。
「わっかんないかな~⁉ 昨日見てたんでしょ?
あの茶色い髪の女の子と喋ってるとこ! あれがれいねちゃん!」
「あ、ああ! あれがれいねさんなんですね!
なるほど。あの夕焼けが似合う方はれいねさんと言うんですね覚えておきましょう。
そこで私はあることに気が付いて目を丸くします。
「っていうか……私がいたの知っていたんですか⁉」
「もっちろん! 能力持ちさんのことならお任せ☆お任せだよ~!
妖精の"さーち能力"でいつどこにいてもわかっちゃう!」
さらっと怖いことを言われた気が……?
「ってちがぁう! そうじゃなくて! 助けてほしいのよ~!」
どやっとした表情から似つかぬほどに真剣な顔に表情を変えるレン"ちゃん"。
「ま、待ってください! そのれいねさんがどうかしたんですか?」
助けるとはどのような意味合いなのだろう。
素敵なヒーローになれる程の器は私にはないし、私は彼女のことなど何も知りません。
「れいねちゃんはね、悪い人にいっつも酷いことされているの!
だから、私がお友達になってあげたんだけど、人間のお友達がほしい(妖精のお友達じゃイヤ)ってワガママ言うの!
せっかくお友達の証のレモン受け取ってもらえたのに……。
ね、だから明日会ってあげて! いや、わたしが会わせてあげる!」
必死なのか次々と言葉を紡ぐレンちゃん。
ヒーローかと思いきやレンタルお友達?理解が追いつきません。
「えっとつまり……そのれいねさんと私がお友達になれば解決するんですか?」
自分で言っててわからなくなってきます。
この子といると魔法使いに出逢ったシンデレラのようでなんだか現実味のないことを言ってしまいます。
しかし、レンちゃんはそのまま続けます。
「そうそう! せっかく学校一緒なんだもん、助けてよ~!」
懇願するレンちゃんに再び私は驚きました。
「え? で、でも、今日学校では見掛けなかったような……。」
「今日は学校に来てないよ、わたしが"家まで行った"から知ってるもん!」
……え?妖精って学校だけでなく、家まで来るの?私は軽く恐怖を感じました。
妖精にストーカー規制法の概念はないのでしょうか。
にしても友達になれば解決っていかがなものなんでしょう……?
「ええと、あの、私で良いならいいですけど…その、私も、彼女には興味がありますし……。」
断るのも色々後が怖いと考えた私は、どもりながら最終的にレンちゃんの頼みを承諾しました。
するとレンちゃんはぱっと弾けたような笑顔を見せて新しく私にレモンを手渡し、こう言いました。
「じゃ、明日の昼は図書室に集合ね!」
こうして、私はれいねさんと会うことになりました。
本村愛華の場合⑤
2020/05/01 up
2022/06/19 修正